CD
ftarricl-661
限定300部
2022年12月25日発売
作曲:飛田泰三
井上郷子:ピアノ
ここに収められた4つのピアノ作品は、2017年から2021年にかけてつくられた。全て乱数で作曲するという方法で、つくられている。もう少し詳しく書くと、乱数でつくられた響きの、その構成音を、私自身の感覚で、納得のいく別の音に1音1音ずつ変えていく、という方法でつくられている。その変換作業を日記をつけるように毎日少しずつ行い、個々の響きはつくられた。
自作の解説を書く時、いつも同じようなことを書いているのだが、それら乱数でつくられた響きを始めから最後まで通しで演奏する、あるいは聴くことで、その音楽は方向性を失い、その時間は静止し、その音楽全体に耳は開かれず、響きの一瞬一瞬に耳は開かれていく。私は、それら響きが、聴く人の個々の、何らかの記憶を喚起するようなものであればいいな、と常に思っている。
ここに収められた4つの作品の簡単な解説を以下に。「夏の椅子」は、2020年に作曲された。タイトルは、辻節子の詩の一節「蝶の翅と夏の椅子の招きと」からとられた。素早く過ぎ去る響きと、ゆっくりと演奏される響き、この2つのみによって作品は作られている。「of rain」も2020年に作曲された。この作品は、カミングズの詩の一節「雨よりも優しく触れるその手を」からインスピレーションを得て作曲された。私の初めての内部奏法を用いたピアノのための曲。自宅にグランドピアノがないので、貸し練習室のグランドピアノを利用し、試行錯誤を繰り返しつつ作曲した。初演された時に、効果的でない奏法がいくつかあったので、それらをこのCDに収録するにあたり、別の奏法に直した。「Night View」は、もとは「Piano Quintet Piano Solo バージョン」という味もそっけもないタイトルだったのだが、このCDに収録するにあたり、このタイトルに変えた。この作品は、2017年に作曲された「Piano Quintet」という曲を、そのままの形でピアノ曲にしている。ちなみに、その「Piano Quintet」は、ピアノが1つの和音を演奏したら、次に弦楽4重奏が別の1つの和音を演奏する、この繰り返しのみ、というもの。「夜曲」は2021年に作曲された。矢代秋雄が確か10代の頃に作曲した「夜曲」という、私が高校生の頃に知ったピアノ曲があるのだが、タイトルはそこから。私が19歳の頃にも同じタイトルで曲をつくった覚えがある。作品は、「触れない光」というタイトルの西山英彰の写真集の、写真に於ける「影」の扱い方からインスピレーションを得て、低音部の様々な響きの濁りを作り出すことを目指した。低音域の、美しい濁りを作り出したかった。この作品も1曲目の「夏の椅子」と同様、素早く過ぎる響きと、ゆっくりと演奏される響き、この2つで作られている。
私は幼少の頃から「楽器」、または「作曲」をやっていた、という人ではないので、器用に楽器を演奏できて、あるいは器用に様々なタイプの作品を作れる、という人間ではない。しかし、「もの」を作るのが好きなので、とくに「音」をつかって、作品を作るのが好きなので、それで作曲ということを、気がつけばやっている。ちなみに、学生の頃はちょっとした小説のようなものや、詩を書いていた。もう今では作れないが。当時は、とくにシュルレアリスムの詩や絵画が好きだった。音楽を今はやっているが、別の「ものをつくる仕事」に就いた方がよかったかもしれない、と思う事が時々ある。しかし現実は、それが良いことか悪いことかわからないが、結果的に作曲をやっている。自分では、音楽で「詩や絵画と同質のものを持った作品」をつくる、という感じで、作品をつくっているつもりである(実際それが成功しているかどうかは、私の作品を聴く人が判断することだが)。ここに収められた4曲は、最近の私の音楽の中でも、それが比較的、達成できているかもしれないと私は思っている。最後に、私が書き散らした曲たちが、こうしてCDになるにあたり、井上郷子さんをはじめ、関わってくださった皆さんに、感謝の意を表したい。(飛田泰三)
飛田泰三は1972年生まれ、大阪在住の作曲家。京都市立芸術大学音楽学部卒業後、作曲を松平頼暁に師事。ピアニストの井上郷子は国内外での現代音楽作品の演奏で知られ、アルバム・リリースも多い。Ftarri Classical からは、作曲家、渋谷由香の作品集『Works fro Piano』(ftarricl-666) を2021年にリリース。
本アルバムには、飛田泰三が2017年から2021年にかけて作曲した15分前後の4つのピアノ作品を収録。演奏はすべて井上郷子。素早く過ぎる響きと、ゆっくりと演奏される響きの2つで作られた、一曲目の「夏の椅子」(2020) と最後の「夜曲」(2021)。「夏の椅子」は辻節子の詩の一節から、「夜曲」は矢代秋雄の作曲作品からタイトルをとった。二曲目の「Night View」は2017年作曲のピアノと弦楽四重奏による「Piano Quintet」のピアノ・ソロ・ヴァージョン。表題曲の三曲目「of rain」(2020) は E.E. Cummings の詩の一節からインスピレーションを得て作曲。飛田にとって初の内部奏法を用いたピアノ曲。
2022年7月4〜5日、富士見市民文化会館(キラリふじみ)メインホールにて録音。飛田泰三の持つ作曲の魅力が、井上郷子という名ピアニストを得て、最良の形で表現された名演奏集。