CD
hitorri-882
限定160部、通し番号付き
2021年2月28日発売
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岡千穂:SuperNoteClub EX (1, 3), SuperCollider (2, 4, 10-13), TidalCycles (2, 6-9), ManjaroLinux (2), MacOS (4, 10-13), Digitone (6-8), Volca Drum (9)
ライナー・ノート (岡千穂)
『Manipulating Automated Manipulated Automation』に収録されているのは、私、岡千穂が、「コンピューターを使う」という行為をめぐって考えてきた遊びを録音したものです。収録されたものの中では、遊びの種類は三つに分かれます。
一つ目は、デスクトップ上のカーソルを自動的に動かすコードを実行して演奏する、「ダンシング・カーソル遊びです。(2, 4) そしてこのシステムの延長線上に、キーボードやマウスを自動的に動かすことで、自動的にデスクトップのフォルダを美しく並べたり、システム環境設定画面のサウンド・エフェクト選択で演奏したり、マインスイーパーをしたり、画面上に詩を出したり、シャットダウンしたりするライヴ・パフォーマンスのシステムができました。(10 -13)
デスクトップ画面、キーボードやマウスなどは、機械と人間が情報をやりとりするためにあります。人間は普段、それらをリアルタイムに操作してコンピューターを扱っていますが、私は人間としてキーボードやマウスを動かすことを辞め、予め操作されたマウスやキーボードの動きが自動的にパフォーマンスし、私は何もせず画面を見つめています。
ソフトウェアの特別さとは、人間が一つのパラメータを操作すると、その先に接続された、いくつかの自動化された動きが連なって反応することです。そのプロセスの数々がまた連なり、接続しあって、例えばオペレーション・システムのような巨大なソフトウェアを形作っています。その中にあるプロセスの一つ一つは、大体のエンド・ユーザーには到底把握しきれません。そのエンド・ユーザーのうちに、この私もいるのです。
しかしエンド・ユーザーにとって本当の敗北とは、例えば次のようなことかもしれません:DTMソフトで作られるべき音楽を作る。お絵かきソフトで描かれるべき絵を描く。音楽ストリーミング・アプリで聞かれるべき音楽を聞く。
エンド・ユーザーにできる最後の遊びは介入です。誰かの規定した自動化された操作を、誰かが考えたのとは別の目的のために操作する遊びです。
コンピューターを扱うことのオープネスにとって重要なのは、本質的には(市場価値のある)コードを書けるようになることでは全くなく、ツールの倒錯した使用手順を編みだすことではないのだろうか? という問いをもとに、私は「コンピューターにとっての人間の動きの機械化」という一種の倒錯プレイを、一つの介入方法として考えています。
二つ目は、ライヴ ・コーディングの環境がうまく動作しなくなったり異常終了したりする直前の、ギリギリセーフのタスクをコンピューターに課す遊びです。(6 - 8)
まずライヴ ・コーディングとは、コンピューターの画面をプロジェクターでステージに投影し、演奏のシステムを鑑賞者に晒しながら、リアルタイムにコードを書き、実行して音を鳴らす、という演奏の方法です。
しかし、私は日本のクラシック音楽教育を受けるうちに練習というものをしすぎた影響で、この「リアルタイムにコードを書いて実行していく」ことが苦痛でしかありません。もうこの先の人生で、毎日コツコツ練習、というものをしたくないからです。それなのになぜ私はライヴ・ コーディングなんてものをやらなければならないのでしょうか。この問いは、ライヴ ・コーディングを始めたときからずっと私の頭の中にあります。
私はコンピューター・ミュージックの何が好きなのかというと、一つにエフォートレス(Effortless、努力の欠如)という性質があります。単純に言って、「ここを押すと勝手に演奏がスタートする」とかです。そしてそれが可笑しさをもたらすなら、なおさら興味深いと感じています。電子ピアノに付いた自動演奏ボタン、シンセサイザーに付いた鍵盤の上を歩く動物などもこれに当たります。そしてこの演奏方法、プロセスが遅延に遅延を重ね、異常終了しかけるギリギリのラインで遂行される演奏とその展開のスリルは、まさにエフォートレスによるものでした。この遊びを発見したとき、ライヴ ・コーディングをもうちょっと続けよう!と思いました。
三つ目は、おもちゃ遊びです。(1, 3) はSuperNoteClub EXという、1996年に発売されたパソコンのおもちゃ(知育玩具)で遊んでいたときの録音です。おもちゃはハードオフ秋葉原店で発見しました。ちなみに私は、五歳児の頃、キティちゃんのパソコンのおもちゃ(知育玩具)でキーボード操作を覚えました。今思えばピアノを習い始めたのと同じタイミングです。(5)は、偽・バッハ録音です。(9)は、Korg の Volca Drum という物理モデリング・リズム・マシンで遊んでいたときの録音です。メルカリで安かったのを発見しました。
以上、このCDに収録された三つの種類遊びの記録について、ある程度の解説を試みましたが、バカげた、可笑しなことを繰り返しているだけに見えつつも、そこにもし意味があるとしたら、ある機械と私の間での情報伝達、つまりコミュニケーションをどう体験するか、どう鑑賞するかということに一貫して取り組んでいたのだなと思います。かろうじて意味があるのなら、ですが…。
CDの最初に流れてくる脱力したイントロやビートの効いたポップなサウンドを聴いて、「こういう音楽のアルバムかあ」と、安易に全体を判断するなかれ。東京在住のサウンド・アーティスト、岡千穂の本アルバムは、コンピュータを使ってサウンドを作る遊びについて、彼女が考えを巡らしたどり着いた現時点での回答を記録した作品集となっている。
作品としてここに提示された遊びは三種類。
1. コンピュータのツールを倒錯的に使用し、マウスやキーボード、デスクトップ上のカーソルを自動的に動かして音楽を作る。
2. ライヴ・コーディングの環境がうまく動作しなくなったり異常終了したりする直前の、ギリギリセーフのタスクをコンピューターに課す。
3. おもちゃの (もしくは、おもちゃのような) パソコンで録音する。
エレクトロニクス・サウンドで遊んでいるようでいて (実際そうとも言えるが)、実は奥の深いアイデアが詰まった13曲を収録。最後の4曲は、2020年12月、東京「Ftarri」でのライヴ録音。岡千穂が書いたライナーノート (日本語と英語翻訳) 付き。