Ftarri / Hitorri

本藤美咲

Yagateyamu

CD
hitorri-971
限定200部
2022年11月27日発売
価格 1,500 円 + 税


  1. Yagateyamu (45:09)

    mp3 excerpt: track 1

本藤美咲:バリトン・サックス、クラリネット、エレクトロニクス、フィールド・レコーディング、小鳥笛


本藤美咲は1992年生まれのバリトン・サックス奏者で、クラリネットを吹くこともある。即興演奏をおこなう一方で、作編曲もこなす。フリージャズから即興 / 実験音楽、現代音楽、さらには演劇集団との共演、広告映像用の音楽制作と、多方面で活動する注目株である。

本藤は2020年以降、東京水道橋 Ftarri の会場でよく演奏するようになり、ソロ演奏も数回おこなっている。2022年5月9日にも、大蔵雅彦のソロ・プロジェクト「Active Recovering Music」の対バンで Ftarri にソロ出演。本CDには、この時の演奏を丸ごと収録している。

バリトン・サックス、クラリネット、フィールド・レコーディング、エレクトロニクス、小鳥笛などを使い、何度か演奏モチーフを変えつつ展開する45分に及ぶ即興演奏1曲。微弱音で始まり、最終の激しく荒々しいサウンドに至るまで、楽器、エフェクト、フィールド・レコーディングを効果的に使った場面場面での音作りは見事の一語。異なる音素材を即興的に組み合わせた構成力が素晴らしく、本藤の才能を遺憾なく発揮した名演奏。本CDは、彼女の記念すべきソロ・デビュー・アルバムである。



楽器のイメージを超えたざわめき ― 本藤美咲のソロ第1作に寄せて

いわゆるフリージャズの現場でバリトンサックス奏者としてライヴを行う一方、フィールドレコーディングを交えて音響現象にフォーカスしたサウンドアート的な発想のパフォーマンスにも取り組む。しかしバックグラウンドにあるのはジャズでもアートでもなく、学生時代は音楽大学でクラシックを学んでいたという。自身のリーダーバンドでは室内楽風ポップやジャズ、ミニマルミュージックからエクスペリメンタルな作品まで、多種多様なオリジナル曲を手がけている。その作編曲能力を活かして広告映像のために音楽を提供してもいる。かと思えば、演劇寄りの舞台で役者兼ミュージシャンとして出演することもある――これほど柔軟に多方面で活動する人物は、そういないのではないか。

即興演奏家で作編曲家、バリトンサックス奏者の本藤美咲は1992年生まれ。中学生の頃からアルトサックスを始め、高校卒業後は洗足学園音楽大学へと進学。クラシックのサックスを原博巳に師事した。大学時代にバリトンサックスを吹き始め、服部吉之からも手ほどきを受けたという。また、発足したばかりの大石将紀ゼミを受講。ゼミ生との交流からアクースモニウムを聴く機会があり、サウンドインスタレーションにも興味を抱くようになったそうだ。ゼミではさらに、ウォルター・トンプソンが考案したサウンドペインティングを学び、この時、人生で初めて即興音楽を本格的に演奏したという――のちに本藤は、小西遼を中心とした Tokyo sound-painting の一員としても活動することになる。大学卒業後は Asian Youth Jazz Orchestra のメンバーに選出され、2015年に東南アジア5カ国6都市をツアー。同年にはサックス・クインテットの SAX CATS を結成している。その後、現代音楽グループ「こんにちの音楽集団」への参加などを経て、2018年には自らが主宰するバンド galajapolymoを始動。以降、バリトンサックス奏者として数多くのセッションをこなすほか、近年では大友良英 Small Stone Ensemble や渋さ知らズオーケストラ、さらにパフォーミングアーツ・コレクティブのバストリオにも参加している。

そうした本藤が初めてソロ・パフォーマンスに取り組んだのは2020年6月、水道橋 Ftarri でのことだった。新型コロナウイルス禍に見舞われてライヴの中止や延期が相次いでいた当時、自宅でエフェクターを用いたセッティングを独自に模索していたという彼女は、この日のパフォーマンスで倍音と差音をテーマに多重録音を駆使したミニマルなドローンの実験に挑む。その後も即興セッションのライヴを重ねる中で自らの語法を研究/開発していった。そして2022年5月9日、水道橋 Ftarriで大蔵雅彦との対バンで出演した彼女は、バリトンサックスのほかクラリネットや小鳥笛、サンプラーやエフェクターなどを用いた約45分にわたるソロ・パフォーマンスを実施。彼女にとってファースト・ソロ・アルバムとなる本盤には、その時の模様が丸ごと収められている。

即興的に切れ目なく行われた演奏だが、収録内容は大まかに4つの場面から構成されている。(1)まずは微弱な響きと繊細なテクスチュアが特徴的な冒頭箇所だ。隙間風が吹くような微かな息音から幕を開けると、高周波が重なって虫の音にも似たサウンドに変化し、その後、クラリネットのロングトーンが場に浸透していく。(2)次に管楽器らしいクラリネットの響きを奏でる場面。まるで誰かに呼びかけるような動物の鳴き声にも似たサウンドを連ねてから、ロングトーンを多重録音することで複層的なうなりを発生させる。(3)続いてフィールドレコーディングとのセッション。雨の日に都内の路上を散歩しながら録音したという音源を適宜流しながら、ヴォイスを織り交ぜつつ、バリトンサックスとエフェクターを用いて打ち寄せる波のような持続音や鋭い短音などで応じていく。(4)最後はバリトンサックスの持ち味を活かした演奏である。地響きを思わせる重低音やディジェリドゥのような低音ドローンが鳴り、サイケデリックなサウンドが辺りを包むと、サックスの激しく攻撃的な咆哮を聴かせ、しかしそこから一転してフィールドレコーディングの水が滴る雑踏音、そして残り香のようなサックスの軋りで締め括られる。むろん実際にはこれら4つの場面は地続きであり、解釈次第では別の箇所に線を引くこともできるだろう。当日のライヴとは異なり、本盤ではアコースティックな演奏音とスピーカーから流れるエフェクト音や増幅された物音、フィールドレコーディングなどがサウンドの平面上で等価に並んでいるため、解釈の仕方もより一層開かれていると言えるかもしれない。

バリトンサックスといえば、その巨大な形状も相まって、雄々しく力強い音のイメージがまとわりついている。だが本盤から聴こえてくるのは、決してそうしたマチズモ的なステレオタイプだけでは到底回収し得ないような、それでいてすこぶるダイナミックな音楽だ。それはバリトンサックスそのもののイメージを塗り替えるポテンシャルを秘めているようにも思う。しかしそのようなことが可能だったのは何よりもまず、狭義のバリトンサックス奏者という枠組みを超えて活動を行い、複数の音楽的な文脈を自在に取り入れ、即興的な表現へと柔軟に落とし込むことができる、幅広い経験と稀有な才能を音楽家・本藤美咲が持ち合わせていたからに他ならない。(取材・文=細田成嗣)


Last updated: November 11, 2022

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