CD
hitorri-978
限定180部
2020年9月13日発売
価格 1,500 円 + 税
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身体的な音の記憶の活用に向けて -- 倉垣卓麿インタビュー (取材・文=細田成嗣)
電子音響作家の倉垣卓麿は1968年生まれ、90年代より音楽活動を開始し、ライヴハウスのほか美術館やギャラリーでも作品を発表。2009 年に『サウンド&レコーディング・マガジン』誌が募集した、坂本龍一が北極圏でフィールド録音した素材を用いた楽曲制作のコンテストで優秀賞を獲得している。2017年、フランスの作曲家リュック・フェラーリのサウンド・アーカイヴを使用した作品の出来を競う国際コンクール「プレスク・リヤン賞 (prix Presque Rien)」の応募作を収録した三枚組のコンピレーション・アルバム『prix Presque Rien prize』に参加。このたびリリースされた『BOTTOMLESS / BLANK』は彼にとって最初のフル・アルバムとなる。
荒川修作 + マドリン・ギンズの活動および作品から着想を得て制作されたという本盤は、「BOTTOMLESS=底なし」と「BLANK=空白」がキーワードとして掲げられており、聴き手がユーザーとなって作品を通した経験を日常生活で活用することが目されている。通常の音楽作品が聴き手の感情を揺さぶり、十人十色の経験をもたらすことと比するならば、極めてラディカルに切り詰められたミニマルな音響がときに規則的に、ときに予期し得ない間隔を空けて配置された本盤は、時間を分割する一つの事実性を聴き手にもたらすことだろう。その経験はおそらく、さまざまなリズムが張り巡らされた日常生活を送るなかでふとした瞬間に想起されるに違いない。そうした場面でどのように活用するのかは、それぞれの聴き手に委ねられている。
-- アルバム・タイトルの「BOTTOMLESS」と「BLANK」という二つのキーワードについて教えてください。
倉垣 どちらのワードも荒川修作 + マドリン・ギンズの作品名をモチーフにしています。彼らの仕事を僕なりに一言で要約すると、「BOTTOMLESS=底なし」は終わりがない永遠性のようなものを意味していて、「BLANK=空白」はそうした永遠性を認識したり感受したりするための容器のようなものを意味しています。そうしたことを音楽に置き換えて表現したのが今回の作品です。
-- 各楽曲はどのように制作されたのでしょうか?
倉垣 Renoiseというソフトウェアを使用して制作しました。エクセルの表のような編集画面が縦にスクロールするソフトで、碁盤の目のようなグリッドに音を置いていくんですが、自分の日常生活における「BOTTOMLESS」や「BLANK」の経験を思い返しつつ、そうした経験を聴き手に誘発するような配置をしていくといった感じです。たとえば階段を昇り降りする際の身体的なリズムをトレースしようとしたりしています。
-- 非常にミニマルな作風は、身体的なリズムを聴き手に知覚させるためでもあるんですね。
倉垣 はい。いわゆる音楽的な語法やシステムは極力使わないようにしようと思っていました。聴き手の感情に訴えかけるのではなくて、身体的な感覚として音が残るような作品にしたと言えばいいでしょうか。それで非器楽的な、電子音のエラーのような短い音を使用しています。もちろんエラー音やミニマルな作風自体は、遡ればオヴァル (マーカス・ポップ) をはじめとしたグリッチ・ミュージックや音響系と呼ばれる面々がいますし、そういった音楽は90年代当時の僕も好きでよく聴いていました。ただ、今回の作品に関しては、マイケル・ピサロやユルク・フレイなどヴァンデルヴァイザー楽派から受けた影響の方が大きいです。
-- 「BOTTOMLESS」と題された四つのトラックについて教えてください。
倉垣 「First BOTTOMLESS」は端的に一曲目ということでもあるんですが、「Count BOTTOMLESS」には「三回ずつ音が鳴る」というちょっとしたルールがあります。三つの音が 一つのグループになっていて、それぞれ同じ間隔で鳴るんですね。ただ、次のグループが始まるタイミングは予測できないようになっている。そうした、聴き手の期待に寄り添ったり裏切ったりする楽曲なんです。「Prototype BOTTOMLESS」はその名の通りシリーズの原型として制作していて、「このままずっと続いていくのかな」という底なしの経験を聴き手が感じるような短いパターンをいくつか用意して、それを並べています。「About BOTTOMLESS」は、底なしの経験について言語化する前に気づくために、僕としては一番わかりやすく表現した楽曲です。
-- 「BLANK」と題された二つのトラックについて教えてください。
倉垣 「BLANK」シリーズはシンプルに無音部分をテーマにしていて、「BOTTOMLESS」に比べると想像通りに音が鳴るようになっていると思います。というのも音が鳴ることよりも、音が鳴らない空白地帯に聴き手が入っていきやすいように作っているんです。音楽が聴き手にとって想像通りに鳴ったり、予想を裏切ったりするのは、無音部分があるから判断できることだと思うんですよね。そういった判断をするための経験の密度をあげるために、「BLANK No. 1」よりも「BLANK No. 2」の方が聴き手が「すでに知っている」と感じるような音の並びを多く使用し、より無音部分に注目できるようにしているんです。
-- ボーナストラックの「Landing RME - Live at Ftarri 2017」はライヴ録音なのでしょうか?
倉垣 いや、ライヴで使用した音源という意味ですね。僕はライヴをやる際にあらかじめ作成した音源データを流すことが多いんですが、今回のボーナストラックは2017 年のライヴで使用した音源データをもとに若干修正を施したものなんです。ちなみにこのトラックだけ、Renoise ではなく PlayerPro というソフトウェアを使用しています。
-- いわゆる音楽的な快楽よりも、時間の分割点を純粋に知覚させるようなストイックな作品ですが、なぜ音で表現しようと考えたのでしょうか?
倉垣 やっぱり僕にとって音楽はとても魅力的なんです。形には残らないけれども、感覚へのアプローチがとても強い。他の表現形態と比べると、音の経験は瞬間的な現象として感覚を強く刺激するという特徴があるように感じます。すると作品の経験を聴き手がいわばユーザーとして、日常生活のなかで繰り返し活用することもできるかもしれない。逆に音楽から離れようとして音以外のパフォーマンスへと向かうと、かえって音楽的なものに近づいてしまうことが多いように思うんです。